「僕は象を「可愛いと思うもの」にし、雲を「美しいと思うもの」にした。それは僕には真実だった。が、僕の答案はあいにく先生には気に入らなかった。「雲 などはどこが美しい? 象もただ大きいばかりじゃないか?」先生はこうたしなめたのち、僕の答案へ×印をつけた。」芥川龍之介は小学生の頃、可愛い物と美しい物を先生に書けと言われてそれぞれ象と雲を挙げたが、その答えは納得されなかったそうだ。先生としては大した考えもなくバツを付けたのだろうが、芥川 にとっては印象深い出来事だったのだろうことが窺われる。▼これは『追憶』の中の一エピソードであるが、私はこの話がやけに好きだ。おそらく、少し変わり者の少年芥川の姿に、自分自身を重ねているからだろうと思う。もし同じ場にいたら、きっと私も「×印」をもらうような答えを言っていただろうと思えてならないのだ。