#025 美しさ

芸術は何のためにあるのかと聞くと、それは美をあらわすためにあるのだ、といった答えが聞かれる。では、美とはどういうものか。画家の岸田劉生は「『美しい』と『きれい』はちがうのだ」と言っている。確かに、「きれい」の反対語は「汚い」だが、「美しい」には崩れたもの、醜悪なものも含まれるようだ。満開の花は美しいが、枯れ葉や朽ちた木にも美を見出すことができる。画家は時に奇形やグロテスクなものを題材にし、例えば鎌倉時代に描かれた九相詩絵巻は、野ざらしにされた死体が腐敗し朽ちて行く様子を順に9段階で描いている。また「わび・さび」は「劣化したもの」に価値を見出す美意識だ。「きれい」とは、整っていることや無駄のないこと、汚れが無く清潔なさまを意味し、完全性を志向する観念である。しかし、美にとって「不完全」であることは別に問題にはならないのだ